元々張っていない糸が、切れた

- 私は5年が過ぎて、よく見ないことが良いことに気づいた

 

パソコンが壊れて2日たった。でも思い返してみれば曲を作り始めたときからすでに年季が入っており、確かセキュリティソフトの期限もその時点で切れてたとおもうので、壊れちゃったというよりかはむしろ、なぜか2年半生きながらえた、という感じですかね。ということはむしろ褒めないといけないのか…と思ったのが今。3日前までソフトを立ち上げて曲を入れて何かしらのエフェクトをかけて書き出すとか、ジーメールを開くとか、再起動を繰り返しつつもかろうじて出来ていたのが、おととい、急に、全く、できなくなってしまった。新曲だってちょうど4週間前にアップしたのに。急に、へこたれてしまったのかもしれない。

 

- 「ヤなことばっかりだよね」って 嘘つき。本当は楽しくて羨ましいことばかりしてるのに

 

USBを読み込むことだけはできる。ただその中のデータを開くことはできない。私がいままで適当に付けてきたデータの名前を、古い日付から順にながめる。「完成!」「完成!ホントに」「完成!最新」「完成!ホントにこれが最後」「SEX」「ロック2」「テクノ」「よつうち」「テクノ2」「かどあさみ」それでも何の曲なのかは大体思い出せる。そしておもしろくなくなったのでシャットダウンしてパソコンをパタリ…と閉じたら、粒の小さくて意味のない涙が右目からポツリとおちた。意味な、とつぶやいて、パソコンを所定の位置にしまった。そうそう、まぁ君たちもご存知のように、PYLの曲はPYLを励ますために存在している。

 

- 人の言葉に揺らされることほど不快なことはない  

 

たとえば、いつもおんなじような話ばかりで恐縮ですが、Pはきどりっこが好きで昔から聴いてて、「心の支え」とまで言うとスゴく重たい感じになってしまうけど、でも「今日プールの授業あるから最悪だけど家帰ったらきどりっこのmetronoseをリピート再生しよう!」と思ったり、で実際に家で聞いて感動して手が震えたり、そういうことでストレス発散してて。

それで…最近強く思うのが、PYLの曲が誰かにとってのきどりっこになってたらすごいなぁ、ということ。とうぜん曲作りのモチベーションは自分のため(電車移動のときや街を歩くときに聴くストックを増やすため)なのですが、それに加えて最近は、誰かにとってのきどりっこになってるのかな?なってたらスゴいなぁ、ということばかり気になって考えます。嬉しいを超えて、スゴイ!人の心を揺らさせていただき、ありがとうございます…なんて大袈裟に思っちゃいますね。

 

- 君らが これ見よがしに見せつけてくる宝石をひとつ盗んでも 誰も気づかない

 

少しずつ、時間をかけて静かに死んだこのパソコンのことが、どうしても憎めない。ほんとうは最初から死んでたのに、うっかり “いや自分死んでないスまだやれるス” の感じを出したが最後、あとにひけなくなって瀕死状態でPYLの楽曲制作に2年半もズルズル付き合ってくれたこのパソコンが、死ぬ間際私に話しかける。「Pさん、めっちゃいい曲、いっぱい出来たすね!なんかあれですよ、昔よく聴いてらっしゃった、きどりっことか? なんかそこらへん思い出す感じスよね〜…」