サイケデリックライフ

2020.03.28


TVで肌の黒くていやらしい目をしたおやじが何か言っている。いや、言ってはいない。言いたいのを抑えて、黙り込んでいる。私はなにも取り柄がないけど、おやじの本音だけはきれいに透けて見える。というか、すべて、だいたい、見抜くことができる。

 

雑貨屋で働いて1年になるが、まだ仕事の4割ほどしか覚えていない。うりもののお香や衣料品なんかを陳列したりレジを打ったりするだけである。客はあまり来ない。エスニック系の雑貨屋だから、エスニック系の女性が訪れるだけである。今時エスニック系は流行らない。私も店員であるから、特に好きなわけではないけれど、天然素材のシワになりやすいゆったりしたワンピースを着て接客している。あずき色とかの、「いかにも」の服である。こういったエスニック系の服は天然染料が使われているためか、だいたいがひどく色落ちする。酔っぱらった状態で洗濯機に放り投げてそのまま洗濯し、ほかの洗濯物に色移りさせるたびに、マジでこの仕事辞めてえーと思う。ありえないほどしっかり色移りして本当にムカつくのだ。しかしまぁそんなことはすぐ忘れる。怒りの瞬発力はあるが、持続力はそこまでないのが私だ。あと、新しくバイト先を探すのはもうおっくうだ。というかそもそも私に、まじめに働かなくてはならない理由などない。親からの仕送りと、さんま御殿の視聴者投稿の賞金でなんとかやっていけるから。


 

Aさんはこの店の店長である。筋金入りのエスニック女性だ。好きでこの仕事をやっているし、好きでこういった「いかにも」の服を着ている。私は普段はジーンズにTシャツである。エスニックよりこっちのほうがまだまともな神経だと思う。しかしAさんは口がでかくて目もでかくて大げさに笑う、明るい「良い人」だ。まともな服を着ている私のほうがまともではない。私は周辺の空気がゆがむほどひどくクラい人間だから。しかしAさんはクラい私にも分け隔てなくなにかしら話題を提供してくれる。クラい人間と会話するのはおっくうなはずなのに、Aさんはいつもふつうの人間として私と会話をしようとしてくれるので頭が上がらない。こないだは「ねぇ、この間のバイキング見た?坂上忍ほんとムカつくよね~笑」と話しかけてくれた。私はまともではないのでバイキングの放映時間は寝ている。しかしとりあえず「あはぁ、ほんとそうですね。」とクラく答えた。そんな私の回答にもAさんは「ネ!!!」とまるで一文字とは思えないボリューム感で答えてくれた。今気づいたが、あれか。Aさんは、オバさんだな。ただの。

 


今朝は春先のつよい風に吹かれて、2年前のことを思い出した。春のはじまりは毎年おなじにおいがする。湿っていて、グレーとブルーのまじりあったような空気感。髪を結んで家を出たけど、駅に着いた時点でなんだか違うなと思って下ろしたら、本当に2年前のシャンプーの香りがした。よく分からないけど、とにかくしたのだ。なにもない人生なりに、何かを感じることくらいある。

久しぶりの出勤だから、久しぶりにこのすげぇ色落ちするワンピースを着た。今日はウグイス色のやつ。全然すきじゃねー。


「おはよう!久しぶりだね、元気だった?」

「あはぁ、まぁ、変わらず 笑」

「相変わらずホント人来ないから。今日もなにしようかね~笑」

「ヒマだと時間がたたないですよね。」

「ネ!!!」

Aさんは心からのエスニック女性なので、はちゃめちゃな色合いのタイダイワンピースに羽みたいなのがついたネックレスをつけている。あと気分によって色が変わる指輪 (おそらく体温で変化するのだろうか?も両手にはめている。なぜか左右で色が違っていてちょっと面白かった。

 

「今日さ大判の布、あたらしく出しといて!」

「あ、了解です。」

「あとさちょっとあたし、一瞬外に用あるから、店番お願いね!まぁ客来ないだろうけど!笑」

「あ、はい。」

Aさんはなにか仕事をしに外出した。店には私ひとりで、客なんか来ないけど、若干プレッシャーを感じた。もうこんなことでプレッシャーを感じる年齢じゃないのに、ほんとマジで嫌なんだこういうの、とモニョモニョ頭で考えていると、中3くらいの女子3人組が制服すがたでやってきた。二人ポニーテールで一人ショートカット、全員なんかよくわからない楽器をしょっていた。おそらく吹奏楽部だろう。みんなけらけら笑いながら楽しそうであった。そうか もう新学期だなぁ、とそれを横目に品出しをはじめた。何に使うかわからない大判の布を出す作業。うちの店のこれ誰が買うの?ランキング10位、大判の布。たま〜に売れる。ちなみに1位は15000円する陶器のキリンの置物。いらねー、かわねー、まぁまぁでけー。


「ねーマミコ、こないだやったやつまたやれよ笑」「えー・・・」「やらないとハブだよ笑」「私もうやりたくないよ」「ばれたことないじゃん」「ほんとマミコってそういうところダサいよね笑」「バレても怒られるだけじゃんね」「えー、でも…」「ほらはやく・・・ケタケタ」

会話内容と声のトーンから察するに、今から万引きをしようとしているのは明白だった。おそらくマミコがほかの二人にそそのかされている、という構図。ほかの二人は万引きのプロなのだろう。たしかに入り組んだ狭い店内、客のすくなさ、万引きには最適な店だった。でもここはあれだ、エスニック女性御用達の店だぞ、盗みたいものなんかないだろ、と思った。マミコは一番背が高くて白い、ショートカットの子だ。こういったらなんだけど、一番綺麗。スクールカーストトップでもおかしくない清潔な綺麗さを持っているが、カーストトップっつのは往々にして不潔なやつが君臨するもんなんだよな、とどうでもいいことをかんがえているうちにマミコの状況はますます悪くなっているらしかった。

 

私の存在感のなさにここまで感謝したのは生まれてはじめてだった。ショップリフティング・ビギナーのマミコは私の目の届く範囲で指輪をバッグの中にいれた。もうヤケクソだったのだろう。Aさんが両手にはめてる、あの気分で色が変わる指輪。それも5こくらい、わしづかみにして一気に。

あ、やったなと思った瞬間、体が勝手に彼女たちのほうへむかった。私の中にも正義ってあるんだなと初めて感じた。ズンズン向かってくる私に気付いたマミコ以外の二人は、あヤベという目つきで平静を装いながら入口のほうへ歩き出した。でも万引き犯のマミコだけ立ち尽くしたままだった。

 

「あの・・・やったよね?」

「・・・」

「それ、ほんとにほしいもの?・・・」

「・・・」

その瞬間マミコ以外の二人が、私に話しかけられているマミコを置いて走り去ろうとしたので、めちゃくちゃ追いかけてやった。二人ともデカイ楽器を背負った吹奏楽部の女だったので余裕で追いついた。吹奏楽部の女は、ドッヂボールは強いが短距離は比較的遅いという論文を読んだことがある。あと日本史の先生と仲がいいがち。いやそんなことはどうでもいい。とっ捕まえて店内に引きずり込んだはいいが、さてどうしよう となった。

 

「あの、警察よぶことになるけど・・・」

「・・・え」

「あの・・・どうして万引きしたの?」

 

「・・・目の前にモノがあったら盗むだけだし」

一人がマミコの後ろからそんなことを不貞腐れながら言い放ったので、登山家のやつ?笑 と思った。というか実際言った。

「登山家のやつ?笑」

「・・・?」

女子中学生3人のハテナフェイスを見たらなんかイラついてしまって、もうなんかめちゃくちゃにしてやろうかお前らという感情が生まれかけたが、面倒くさいことになるなという冷静な私がギリ勝って、もういいよ見なかったことにするから出禁ね と言おうと「もうい」まで言いかけたところで、Aさんが帰ってきた。

 

「・・・どしたの?この子たち」

面倒くさいことになっちゃったと落胆しながら、でももう仕方ないとあきらめて「万引きです」とAさんに伝えた。マミコは憔悴しきっているし、あとの二人はなぜかナマイキに開き直っている。

 

「ゴン!!!!!」

Aさんがマミコの顔面を思いきりなぐった。グー。グーて・・・。と思った次の瞬間、

「おめえふざけんじゃねえようちの店で!!!!おい、警察呼ぶからなバカ!!」

と吐き捨てた。めちゃくちゃ心臓がビクーとなった。偶然その瞬間、店内に流れるエスニック・ミュージックのコンガの音がすごい盛り上がってちょっとウケた。

いやそんなことはどうでもいいが、その瞬間マミコは水風船に針を刺したように泣き出した。私はAさんがひどく恐ろしい獣に見えて、Aさんをなだめることも、マミコをなぐさめることも怖くてできなかった。ただ私という存在をできるだけうす~くすることに専念した。ゆっく〜り呼吸した。たぶん残り二人とおんなじ顔しておんなじたたずまいをしていたと思う。ひどい、Aさん、やりすぎ、下手したらうちらが逮捕だわ、とモニョモニョ考えていると、

「・・・チッ、おめーらの親の顔が見てみてえわな。まあいいわもう逃げんなよ、そこいろよ」とAさんは男みたいな言葉遣いでぼやき、警察に電話をかけた。

そのあとはあんまりよく覚えていない。3人とも泣いてたし、マミコの白い肌は青くなっていた。もっとうまく万引きすればよかったのに、とずれた思考になるほど、Aさんの激怒っぷりはすさまじかった。多分Aさんは普段からあのような感情がマグマのように煮えたぎっているのだろうな、じゃないとあの瞬発力は発揮できない・・・と思った。警察と話しているあいだ、ちらっとAさんの指輪を見たら、両手とも緑色になっていた。嘘つけ~。今は完全に赤だろ。

 

 

そんなことがあったけど、まだ私はこのエスニックの店で働いている。やはり新しいバイトを探すことはおっくうだ。Aさんは相変わらず私にやさしいし、無難な話題だけをひたすら提供してくれる無機質なマシンに見える。客も来ないし、万引き犯もこない。私はというと、少し変わった。私は真実が透けて見えると思い込むのをやめた。なにもわからないまま、わからないことをそのまま対処するだけの、フツウネクラ人間として、ニセエスニック女性として、なんとなくフワフワ生きていくことにした。


※追記:創作文です