おじ〜ん

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おじいちゃんは運動が得意だった。鶏ガラみたいだけど筋肉がたくさんついた体で、なんでもやってのけた。いい感じの壁を見つけるとすぐ三点倒立をしていた。そのたびにポケットに入っている小銭が全てジャラジャラと地面に落ちるのでそれを2人で拾う、という一連の流れを毎回やらされた。逆上がりの練習も真夏のあいだ毎日付き合ってくれた。私は幼い頃かなり小柄で(今もだけど)まわりの大きな子より運動ができなかったのだが、それをおじいちゃんに相談すると「おじいちゃんが教えればなんでもできるよ」と。おじいちゃんは自信家だった。私はおじいちゃんじゃないもん…と思っていたけど、おじいちゃんの指導のもとで逆上がりを練習すると、やはりすぐできるようになった。胸を鉄棒に引き付けるのがコツ。そのうち手が届かない背の高い鉄棒でもできるようになった。それ以来保育園では自慢げに逆上がりばっかりやっていた。


さいころ家族旅行で海に行くといつも、おじいちゃんは浮き輪にのった私を海の深い方までつれていった。私の浮き輪をつかみながら本気の高速平泳ぎで海のむこうまでつれていくのだ。私は海がこわくて苦手だったので、「もういい加減にして!溺れちゃうよ!」と叫ぶのだが、こちらの声は聞かず狂ったように水をかき続ける。おじいちゃんは高波をかぶりまくってゴボゴボ!ってなりながら、スパークスのロンのような不敵な笑みをこちらに向ける。意味不明だった。あとおじいちゃんの水着は虹色のブーメランパンツで、今考えるとそれもおかしかった。そして足のつかない沖でひととおり泳いだ後やっと浜辺に戻ろうとするのだが、毎回私は“おじいちゃんが帰りの燃料を積んでいないんじゃないか”と不安になった。けど毎回、行きと同じくらいの高速平泳ぎで帰還した。おじいちゃんに失敗はなかった。志村けんみたいなギッチリ並んだ歯をのぞかせて、ギョロリと目を見開きながらぐんぐんすすんでいった。ぐんぐんすすんでいった。ボートのようだった。細くて白いボート。絶対に転覆しないボート。最強のエンジンをつんだボート。私は自信のある人が好きだ。おじいちゃんのように。おじいちゃんは水が好きだった。海が好きだった。鳥が好きだった。カラスの赤ちゃんを拾って勝手に育てていた。落花生とビールが好きだった。とんかつも好きだった。おばあちゃんにとんかつモラハラ(1ヶ月間夕飯にとんかつを揚げさせる)をしていた。私が3歳ごろの、シワクチャに笑いすぎて顔がつぶれてるブサイク写真を「これがいちばんかわいい」と言ってテレビの上に飾っていた。私はおじいちゃんが好きだった。